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GC magazine : 「TURN OFF THE 5 PARADIGM LIGHTS」- 失敗に内在する成功

初出:2026/03/07

要約

実験的なアートフェアEASTEAST_TOKYO 2025にて開催されたアートコレクティブGC magazineの個展「TURN OFF THE 5 PARADIGM LIGHTS」の記録です。
真夏の鈴鹿サーキット場、手押しの単独ゴールイン。その瞬間に生み出されるはずだった新しい規範は、観客の不在によって、EASTEASTでのパフォーマンスまで遅延される。
それを可能にするのは、痛車にプリントされた写真である。
痛車の形式とクラウス的批評の形式という対立する二つの形式が、GC magazine自身という一つの指示対象において重なり合い、X=not Xのような自己参照的な発散状態を生む。その想像的状態のまま保たれた形式の欠失に、観客からの「それはXの形式です」の指示を委ねる。

展示情報

GC magazine
「TURN OFF THE 5 PARADIGM LIGHTS」

会期:2025/11/08~2025/11/10
会場:科学技術館
(https://easteast.org/2025/programme/)

easteast.org

www.instagram.com

GC magazine

GC magazineは2020年に結成された写真家を中心としたアーティストコレクティブです。コロナ期間中に発足し、zineの制作から活動が始まりました。現在は、ストレートな写真も扱いつつも、その枠に留まらないインスタレーション作品を展示しています。

この記事は、2025年11月に開催された「TURN OFF THE 5 PARADIGM LIGHTS」の記録と考察になります。

以前の個展の記事(HOT RODDERS "G"4th Drifting with you『私の恋∞瞬間∞『螺旋』∞』)はこちら!

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作品構成

東京駅前、皇居佇む北の丸公園の敷地内にある科学技術館で、3日間にわたり開催されたアートフェア「EASTEAST」。アートフェアと聞くとギャラリーごとに区切られたホワイトウォールに、作品が整然と並べている光景をイメージされるかもしれない。その予想を裏切るかのように、エントランスホールの特異な空間では、大勢の人間がお互いにもつれ合うように躍動しながらパフォーマンスが行われていた。熱気に気おされながらも、中に入っていくと、建物の上から見て星状になった各部屋で、アーティスト同士が活発にコミュニケーションを取っている。どこか通常のアートフェアとは違う印象を受けた。

GC magazineが展示を行っているのは、科学技術館の入り口。東京国立近代美術館側から科学技術館へ歩いていくと見える駐車場を使った野外のスペースである。そこには、小さなステージが設置され、その上でGC magazineが展示を行っている。

黒のクラシックなセダンカーに、後述する鈴鹿サーキットで撮影したGC magazine自身の姿が、プリントされている。正面と背面には大胆に引き延ばされた写真が配置され、背面にはレースの勝者を示すチェッカーフラグの白背景に、メンバー一人一人の表情がよくわかるように配置される。レースや車のイベントなどでよく見かけるいわゆるラッピングカーだろう。その周りには、そのプリントの鏡映しのように、マネキンが配置されている。4体のマネキンが車の手押しを再現しており、運転席の1体のマネキンがハンドルを握っている。

正面①

側面

側面アップ

運転席

背面には、GC magazineメンバーの名前と制作に関わった方々の名前がプリントされ、プライベートな雰囲気も漂っている。

背面

車の隣には、ゴールインの瞬間を記録した中判ネガフィルムがバックライトに照らされながら、平置きされている。額縁は3Dプリンタで作成されたのだろうか。プラスチックな素材のチープな雰囲気がある。
2023年に開催されたBUGアートアワードのセミファイナリストまで残ったものの、ファイナリストから落選する。彼らは堕天を宣言し、2度目の個展「超D-MONHENdS焉」を開催することになる。会場では、すべての作品を宙に浮かし、平置きする展示を行った。その様式によるストレートな写真への問題提起が、「TURN OFF THE 5 PARADIGM LIGHTS」でも引き継がれている。

ネガ

夜になると四方に設置された照明が車を照らす。フロントに配置された液晶ディスプレイから、鈴鹿サーキットで実際にメンバーが手押ししていた映像を確認することができる。

夜 液晶

この映像は、真夏8/13に鈴鹿サーキットで撮影されたものである。モータースポーツ最高峰のレースF1も開催されるこの地でGC magazineが行ったのは、前代未聞の手押しによるレース。マネキンが再現するように、人力で車を押しフィニッシュラインまで導いた。そのレースの様子は、先導するワゴン車や、併走するメンバーによって撮影された。

これらの様子は、ゲリラ的にinstagram上でライブ配信が行われ、運よく配信を拝見することができた。お話しをお伺いしたところ、このレースは2週にわたって行われた。ライブ配信された映像と、採用された映像作品、共に1週目のものとなる。猛暑日の極限状態に加え、1トンを超える重量物のコントロールに体力と神経をさく、緊迫した雰囲気がよく伝わってくる。

1912年 パラダイム・シフト

アメリカ・インディアナ州には100年の歴史を持つカーレースがある。 インディアナポリス500(通称インディ500)と呼ばれるそのレースは、1週2.5マイル(約4km)を200周、走行距離500マイル(約805km)を争う。会場インディアナポリス・モーター・スピードウェイの楕円に近いオーバルトラック上では、最高速時速350kmを超えるレースが展開され、その過酷さから世界3大レースの一つに数えられている。

その歴史ある地で、一つの事件が起こった。それは1912年、インディ500、2回目の開催のことである。イタリア系ドライバーのラルフ・デ・パルマと同乗しているメカニックのルパート・ジェフキンスは、2位以下を寄せ付けない圧倒的なスピードで200周中195周をリードしていた。しかし、あと2周のゴール直前というところで、彼らの車が突如異変を訴え始める。残念ながらエンジンの故障により走行不能に陥ったのだ。勝利の確信から一転、レースのルールは冷酷でリタイヤするしかなかったはずだ。しかし、彼らは車から降り、突如、手押しでレースを継続することを決めたのである。

8万人を超える観客が総立ちで見守る中、2周もの間、彼らは一心不乱に車を押しながらゴールまで向かう。
当時のレースの目的といえば、主催国の技術力や権力誇示、あるいは技術的な研究であり、それからすれば逸脱的で無駄な行為である。しかし、その出来事は観客たちが前提としていたルールの意義を更新し、新たな規範を生むきっかけになった。その瞬間までは決して想定されていなかった、レースの隠されていた真の規範が露になったのだ。それは、レースという極限の限界への挑戦の姿勢そのもの、人間賛歌、人類不屈の精神である。

彼らは、グランプリを獲得したジョー・ドーソンと同じかそれ以上の歓声に迎えられ、最も勝利した敗者として、モータースポーツの歴史に名を残す。
この伝説的な出来事は、彼らに2週に渡るパフォーマンスを見届けた多くの観客の記憶に残り、忘れられないように語り継がれることによって、現代でもレースへの挑戦を動機付ける理由として、潜在的に誰もが心の内に期待していることだといえるだろう。現在においてもレースには車の故障や使用できる部品の制限など、厳しいレギュレーションが存在し、故障によるドラマは、順位の変動などの劇的な要素を強め、ショーとして盛り上がることもある。

www.indianapolismotorspeedway.com

GC magazineの鈴鹿サーキットでのパフォーマンスは、この歴史的事件の韻を踏んでいるように思える。しかし、ゲリラ的に開催されたがために、観客不在で行われたため、その出来事を記憶し、語る人間が不在なのであった。これでは新しい規範の生成は、未確定のまま保留される。文字通り、このレースは空回りにすぎないはずだった。

タイトル「TURN OFF THE 5 PARADIGM LIGHTS」に含まれるPARADIGMは歴史的に、大きなものの見方という意味を持つ。新写真賞「夜明け前へ」で獲得した賞金を丸ごと、つぎ込んでしまったと思われる放蕩な消費によって、何が為されたのだろうか?

それは痛車(の形式)である

展示された車のプリントや車内部の装飾からわかるのは、痛車を模して制作されたことである。

90年代の雰囲気漂う、特別な日常を演出する4ドアタイプのセダンカー。ホイールも鍛造製のものに換装され、走りに対する拘りも感じられる。黒いボディカラーを基調とし、ハイコントラストのモノクロ写真と、GC magazineを象徴するタイヤ痕、勝利のチェッカーフラグが漫画のベタ塗りのように大胆に配置されたデザインが特徴的だ。ハイコントラストなタイヤ痕のグラフィックが、フロントフェンダーから、リアクォーターへ駆け抜け、疾走感を演出している。
全体的にロゴや文字は少なく、背面に大きくプリントされた「GC magazine」と、リアウィンドウにはGC magazineメンバーの名前がプリントされている。中にはメンバーだけでなく、夜明け前の関係者の方々の名前も見受けられる。車全体のプリントの完成度の高さから、パーソナルな痛車というよりは、大きなレースに特別なプロジェクトとして参加する痛車仕様のレースカーといった雰囲気がある。

また、車内部の構成にも見るべき点がある。フロント・リアウィンドウの下部に配置されたモコモコのカーペット。極めつけは推しの映像を、仲間と一緒に見るための液晶ディスプレイ。 この車はまごうことなき痛車のデザインである。

痛車の歴史はなかなかに古く、機動戦士ガンダムの再放送などをきっかけに始まった80年代のアニメブームから細々とマニアの中で、表現されていた。
痛車がブームとなり、一般的な認知度が上がったきっかけは、違法なストリートカーレースを舞台にしたアクション映画「ワイルド・スピード」の2001年の上映だと言われている。登場する車を装飾するアメコミ調のグラフィックや、ファイヤパターンからインスパイヤされ、キャラクターに入れ替えたパロディを作り始めたのがきっかけである。 *1

そのため、日常的な車を痛車にするのも、アリだとは思うが、より源流を辿ると映画に登場するスポーツセダンやクーペにペイントするのが、理想的な形式である。

痛車文化は2008年に一度ピークを迎える。当時は京都アニメーション制作のらきすたや涼宮ハルヒの憂鬱、バーチャルシンガーソフトウェア「初音ミク」の登場など、サブカルシーンに衝撃を与える作品も多く輩出され、車はそれらに対する情熱を受け止めるキャンバスになっていた。

オタクカルチャーがより一般的になった2025年現在では、推しのまったく同じグッズを大量に集め装飾する「痛バッグ」や、コロナ禍を経てステイホームから人気を加速したVtuber文化によって後押しされた「痛部屋」、アクリルスタンド同伴の外出など、より身近な存在として「痛」の冠が継承されている。
いずれにせよ、共通しているのは、当のグッズ・部屋・アクスタは、キャラクターを模していること。自分の近くに居ることを証明する写真を撮影し、SNSへ投稿することが日常的に行われている。それはキャラクターに対して、SNSへの拡散を通して遅延して届けられるLove Letterであると同時に、自分の世界を取り巻くSNS環境への愛の表明である。

しかし、この痛車には1点だけ、致命的ともいえる逸脱がある。それは、自分自身を推してはいけない、ということである。

それは芸術写真か?

痛車の形式からの逸脱について、論を進める前に並行してもう一つの形式について検討しておきたい。

この展示の作品は芸術作品としてのアイデンティティ=形式を持っているのだろうか?
写真表現が、芸術なのか、それとも社会現象的なものなのかは、80年代の美術評論でも議論されてきた。今回はその中でもロザリンド・クラウスが、社会学者のピエール・ブルデューに反論する「写真とシミュラークルについての覚書」(1984年)を参照するが、この批評は日本の現在の文脈にそのまま適用できるわけではない点に注意が必要だ。

ブルデューが「中間芸術」(邦書「写真論」)で主張するのは、写真とは、写真内の要素に対して、読み手が「それはXです」「それはYです」とカテゴリを判断することでしかない、ということである。この判断は読み手のアイデンティティの発露でしかなく、社会的なものだ。だから、写真は大衆文化と高級芸術の中間的な表現、または、中流階級が好むもの、平均的な人の写真の読解であるとして、中間芸術として写真を論じるものである。

さらにブルデューはこう書いている。写真それ自体は、ほとんどの場合、集団が自らの統合に関して作り出すイメージの再生産以外の何物でもない。
「それはXです」を誘う写真の流通が、恣意的な強調された事実を根拠として、ある集団において共有される。写真に写った事実が、普遍的なことであるということを反復的に確認させる以外、何もしないのである。そのような写真の実践・受容において促されるのは、写真の被写体そして撮影のスタイルの執拗なステレオタイプ化なのだ。 *2

これに対して、美術評論家のロザリンド・クラウスは、ブルデューが挙げる「それはXです」の例から、反論する。一つの例外である近代美術評論家ピエール・シュナイダーによる写真への注釈「それはXの形式です」。シュナイダー氏は高級なホテルで採用されるような花柄が反復される壁紙の部屋の写真に対して、アンリ・マティスの1920年代の絵画を想起する。やや複雑なパターンの花柄が、まるでマティスの3次元的でありながら、重量感のないタッチで描かれた絵画と同じ形式なのだ。 *3

「それはXの形式です」による要素の強調から、クラウスは写真による形式のステレオタイプ化の標的を美術の価値判断基準に向けるシンディ・シャーマンについて論じている。
シンディ・シャーマンの作品、特に「Untitled Film Stills」に対する評価として、制作された70年代の映画に登場する女性のステレオタイプを作家自ら演じ、セルフポートレートを撮影することによって、消費される女性の記号性を露出したものが挙げられる。だが、クラウスはその作品の内実ではなく形式に目を向ける。「アーティスト」自身がキッチュな対象になることについて、芸術家自身がステレオタイプ的存在--つまり、社会に対して距離を取り、批判的な眼差しを向ける--として暴き出す可能性を示唆する。

写真が芸術として評価される対象なのではない。写真が、芸術の対象として妥当か、非妥当かを判断する形式をステレオタイプ化することによって、暴き出す。 *4

なるほど、GC magazineが、痛車にプリントされる対象として、自らを選択するのはこのような芸術批評の基準の内破であるといえるのかもしれない。

しかし、アメリカの現代アートにおける文脈における、クラウスの批判が、今回の作品が置かれる文脈において妥当かどうかは検討が必要に思われる。まず、日本の現在の写真文化においては、芸術として妥当かどうかを判定する権威があまり強固なものだとは思えないことにある。これは反対にいいことだとは思うのだが、写真作品を評価する者・撮影し発表する者・作品の受容者の三者の距離が近いと良く感じる。

また、それは痛車の文化においても、同様なことが言える。特に痛車が流行した2008年時点では、痛車のモチーフになっているキャラクターの所有権を持っている公式と、痛車オーナーの距離が近かった。特にアニメや漫画のキャラクターの所有権を持つ大きな出版社ではなく、ノベルゲームの製作元のような会社の作品のキャラクターがプリントされた痛車の場合、公式のイベントなどに出向き、当の痛車を公式公認のお墨付きをもらうのが、一部のオーナーたちの目標の一つだった。

公とも言える芸術の是非の価値判断に対して、敵対的な表現及び批評の状況は、今回の文脈において、公と私が近い関係性では、そのまま適用できないのだ。

しかし、この形式的な判断については批評が行われた当時から比べて変化がある。80年代と状況が異なり、中間的な人間が行う写真の読解は「それはXです」だけではない。先ほどの痛車の例がそうであるように、近代芸術批評家としての才覚を持たない僕のような人間でも、「それはXの形式です」と簡単に読解できるようになったのである。これは、痛車の形式だけではなく、写真の様式にも同様なことがいえるのではないだろうか。instagramに投稿される多くのうまい写真は特にだが、その写真を見た際にスタイルを開発したアーティストのことをどうしても思い出してしまうのだ。つまり、現代は中間層、総「近代芸術批評家」の時代といってもいいかもしれない。

失敗に内在する成功

一度、整理しよう。「TURN OFF THE 5 PARADIGM LIGHTS」に僕が恣意的に設定した三つの形式は完全なものではない。
①観客不在の鈴鹿サーキットでの手押しゴール
②自らをモチーフとした痛車のデザイン
③芸術家自身をステレオタイプな存在として暴き出すという、クラウス的な批判

しかしこれらの失敗は、ギリギリの失敗であるがゆえに、成功と失敗を弁別する規範のキワをあらわにする。

痛車の形式——キャラクターへの愛着、Love Letterとしての指差し。そしてクラウス的な批評の形式——芸術家自身をステレオタイプとして暴き出す批判的距離。本来は対立するはずのこの二つが、GC magazine自身という一つの指示対象において重なり合う。するとどちらの形式としても読めるが、どちらとも決定できない宙吊りの状態が生まれる。

これはアナロジーだが、この作品の存在によって、二つの形式が合成され、X=not Xのような自己参照的な関係が成立している。当然ながら、この式内のXは発散し続ける。右辺にX=痛車と代入すると、左辺はnot X=クラウス的批評になる。では右辺にX=クラウス的批評を代入すると——左辺はnot X=痛車に戻る。無限に往復し続けて、Xは決定されない。

形式に対して安定した存在として指示されることのない想像的状態imaginary stateは、虚数imaginary numberのように、関係性の中でしか記述できない値であるにもかかわらず、新たな計算可能性のフロンティアとなる可能性を秘めている。今まで見たことのある形式が、全く新しい形式に変容するのだ。

二つの形式の欠失こそが、二つの形式を相補的に結びつける。

そして、その空白の前に立つ観客は、審級の座を引き受けることができる。なぜならば、手押しゴールの出来事を評価する瞬間に立ち会い、新しい規範を生成するはずだった鈴鹿サーキットの観客たちは不在。評価はEASTEAST_の展示まで遅延されているからである。写真のRob Later後から強奪的性質には「痛」カルチャーも同型の要素があるのかもしれない。誰にも共有されないキャラクターとの親密な出来事、観客不在の状況を記録したその写真を、外部の観客に判断を委ねるのである。 *5

「それはXの形式です」という指差しによって、写真に新しい言説が吸収され、意味が後から強奪される。その指差しは批判的距離からではなく、形式への愛着から生まれる。

だから、僕はその写真に対して、口々に表明する。
「それはインディ500(の形式)です」「それは痛車(の形式)です」「それはアプロプリエーション(の形式)です」「それは写真(の形式)です」

写真の欠失に愛を注ぎ込むのだ。

*1:痛車Style(2008), 学研, P80, 痛車の源流を訪ねる

*2:

「写真それ自体は、ほとんどの場合、集団が自らの統合に関して作り出すイメージの再生産以外の何物でもない」
ロザリンド・クラウス 著, 写真とシミュラークルについての覚書(1984年), (写真の理論,有限会社月曜社 収録) 写真の理論,P79

*3:

写真という対象に対する「それは...」を用いたアプローチや判断のこのような単調さ、そして、可能性としては無限に続く被写体の分類の中にあって、実際のところ、ひとつの注目すべき例外となっているのは、美術評論家のピエール・シュナイダーによる注釈である。
ロザリンド・クラウス 著, 写真とシミュラークルについての覚書(1984年), (写真の理論,有限会社月曜社 収録) 写真の理論,P76~77

*4:

シャーマンがこれらのイメージにおける主体であると同時に客体でもあることは、それらの概念的な一貫性にとって重要なことである。というのも、彼女の作品におけるステレオタイプの戯れは、芸術家自身をステレオタイプ的存在として暴き出すからである。
ロザリンド・クラウス 著, 写真とシミュラークルについての覚書(1984年), (写真の理論,有限会社月曜社 収録) 写真の理論, P85

*5:反例を挙げておく。
周囲の観客たちが目撃したからといって、新たな規範になるわけではない。その場で例外的な出来事が起こり、今までの規範を揺らぐ必要がある。
また、複数の異なる形式が並置される場合(そもそも写真には複数の要素が写っているものだが)その対象同士の概念的な距離が近いと例外と感じることはないだろう。